県政のあゆみ

Ⅱ-4、交換謝金、県幹部が引責辞任

ヤミ給与の慣習にメス 昭和22(1947)年12月、地方行政を強力に統括してきた内務省が廃止され、県や市町村の独立、民主化が具体化していきます。警察法の施行で、国に統一されていた警察は国家地方警察と自治体警察に分かれました。教育事務を独立し...
県政探訪

公職追放の爪あと

絶対権力背景に該当者20万人余り 太平洋戦争の終結後、戦争犯罪者の処罰と合わせ、戦争を指導したと判定された戦前のリーダーたちが公職から追放されました。新憲法の制定や農地改革、財閥解体、労働改革、財閥解体などとともに日本の非軍事化、民主化を目...
県政のあゆみ

Ⅱ-3、公選2代目の高辻知事

保革5人の争い制す 富山県の初代公選知事に当選した舘哲二が公職追放された昭和22(1947)年秋から、知事の職務は副知事の高辻武邦が代行しました。高岡市伏木出身の高辻は、官選時代の大阪府知事を務めた元官僚です。同じ内務官僚の舘に富山県に迎え...
県政のあゆみ

Ⅱ-2、県議会正副議長の選出

事前合意、当日ひっくり返る 戦後初の選挙を経てメンバーを一新し、民主県政の理想のもとに踏み出した県議会は、昭和22(1947)年5月末の組織議会から活動が幕開けします。議会の最初の問題は、正副議長の選出でした。戦前からのベテラン議員がほとん...
県政探訪

舘哲二と南原繁

人生を決めた同期の忠告 富山県初代の公選知事を務めた舘哲二は、戦前の行政機構だった内務省の官僚出身です。舘が内務省に入ったきっかけは、大学の同期で後に東大総長になった政治哲学の第一人者、南原繁の忠告がきっかけでした。ともに内務省に籍を置き、...
県政のあゆみ

Ⅱー1、高辻県政(昭和23年11月~31年9月)

計画県政のスタート 舘哲二富山県知事の公職追放から約1年の空白を経て昭和23(1948)年11月、2代目公選知事に高辻武邦が選ばれます。昭和20年代を担った2期8年の高辻県政は、連合軍の占領期から講和条約の締結による国家の主権回復を経て、自...
県政のあゆみ

Ⅰ-13、昭和22年一斉選挙 県議選(4月30日)

第一党は農本党、女性県議が誕生 富山県議選は、富山、高岡の2市と8郡の10選挙区、定数44に計101人もが立候補する混戦になりました。最も多かった高岡市には定数6に16人が出馬しています。党派別では自由党20、民主党18、国民協同党を含む農...
県政探訪

戦後初の知事選

官僚トップが保守分裂選を制す 昭和22(1947)年4月に行われた戦後初の富山県知事選で初代公選知事に選ばれたのは、戦前の官僚機構トップだった元内務次官の舘哲二でした。自由、進歩両党の候補調整が難航したうえ、結果は保守分裂選挙に突入しました...
県政のあゆみ

Ⅰ-12、昭和22年一斉選挙 総選挙(4月25日)

社会党が県内初議席 新憲法下で初めてとなる衆院選は帝国議会時代から数えて「第23回総選挙」ですが、主権が天皇から国民に移り、総理大臣が国会議員の中から選ばれる仕組みになるなど、民主国家としての戦後第1回と呼ぶにふさわしい選挙でした。前回の大...
県政のあゆみ

Ⅰ-11、昭和22年一斉選挙 参院選(4月20日)

石坂6年議員、小川3年議員に当選 戦後の国会に設けられた参議院の初めての選挙は、定数100の全国区と150の地方区に分かれ、得票上位の任期6年議員と、下位の3年議員が半数ずつ選ばれました。富山県の地方区には定数1に3人が出馬し、保守系を一本...